Human ヒューマンアカデミー

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活躍する修了生

上田みどりさん

日本語教師
上田みどりさん(うえだ みどりさん)
ヒューマンアカデミー宇都宮校
日本語教師養成総合講座修了生

趣味で世界各国へ旅する中、食や文化が近しいアジア、その中でもミャンマーが大好きに。いつかミャンマーで生活したいという想いを抱きながら会社員生活を送っていた2015年、一念発起してヒューマンアカデミー宇都宮校に入学。日本語教師を志す。
修了後、念願かなってミャンマーに渡り、留学生支援機関での6ヶ月のインターン勤務を経て、現地日本語学校で日本語教師に着任。日本留学を目指す学生に、日本語会話やコミュニケーションマナーなどを指導している。

「だったら、日本語教師になれば?」海外の友人の何気ない一言に、背中を押されて

私は社会人になってから、海外旅行が趣味になりました。ヨーロッパからアジアまで、世界各国を旅しましたが、肌に合うのはやはり価値観や食文化の近いアジアの国々。中でも、日本人だからと特別扱いされなかったミャンマーは、大好きな国になりました。

短大を出て就職し、平穏に働きながらも、心の中にはいつも「海外で。できたら大好きなミャンマーで働きたい、暮らしたい」という想いがくすぶっていました。 しかし、特別目立ったスキルも経験もなく、英語も苦手な私には、海外で生計を立てる術がありません。諦めかけていた時、ふと思い出したのが、旅先で知り合った中国人の友人の「日本語教師になれば?」という言葉だったのです。

調べてみると、日本語教師は海外で年々ニーズが高まっている、一生モノの資格。しかも英語が話せなくてもできる、とあります。ちょうど職場と自宅の中間に、ヒューマンアカデミーがあったことも、なにかの縁だったのかもしれません。資料を取り寄せ、受講を決めたのは、2015年の春のことでした。

ミャンマーは数か国アジアを旅した中で一番好きな国であり、私の日本語教師人生の原点。不自由なことが多いからこそ、何事にも感謝できるようになりました、と上田さん。

日本で頑張りたいと願う学生たちの役に立ちたいと、試行錯誤の日々

あれから2年。私はいま念願かなってミャンマーに渡り、日本留学を目指す学生たちに日本語と日本でのコミュニケーション法を教えています。自分のため、家族のために、日本に留学して頑張りたい。技術を学んで、もっと稼ぎたい。そんな学生の熱意に応えるべく、もっと楽しく分かりやすい授業にしたいと、日々試行錯誤しています。 「先生のおかげで日本語が上手になった」と笑顔を見せてくれる学生。日本に留学した後も、電話やメールをくれる学生。私の指導が、日本に行きたいと願う人達の役に立ったんだと思えるのは、本当に幸せなことです。

とはいえ、日本と違ってインフラが未整備なミャンマーでは、停電や交通トラブルも多いし、インターネットも自由に使えません。良い教材をつくりたくても画材がない、資料を探したくても手に入らないなど、悩みは尽きません。 そんなイライラをやわらげてくれるのが、ミャンマーの人達の心のあたたかさと、何事も急がないのんびりとした空気感。私はもう旅人ではなく、ミャンマーで暮らす人。物がないことにもすっかり慣れ、自分のせいで進まないことにも、停電だから、暑いから、ミャンマーだからと、だんだん笑って乗り切れるようになってきました。

熱い想いを伝え続けて、かなえた夢

私はヒューマンアカデミーに入校した当初からずっと、「ミャンマーに行きたい」と、いろいろな人に言っていました。ネットで検索してもなかなか情報がなく、本当に就職できるのかと何度も不安になりましたが、それでも言い続けたのです。

するとどうでしょう。同期の仲間がミャンマーで働く方のパンフレットを見たと情報をくれたり、先生が先輩を紹介してくれたり。想いを発信することで、みんなが協力してくれて、夢はどんどん近づいてきたのです。

以前の私には、学歴も職歴も、自慢できるものは何もありませんでした。でも今の私には、ヒューマンアカデミーで出会った多くの仲間や尊敬できる先生がいる。そして大好きなミャンマーで、学生や同僚の笑顔に囲まれて暮らしている。恥ずかしがらずに信じていれば、夢は現実になるんだ。そう思えることが、何より幸せです。

温和で人懐こいミャンマーの人達。休暇で出かけた国内旅行には、一人旅を心配した同僚と生徒たちが「危ないから」とついてきてくれ、5人でのにぎやかな旅になったとか。